島までは遠い

佐藤正志@サークルアラウンドのことが少しわかる場所。プログラマーを育てるトレーナーとして、現役のソフトウェア技術者として、経営者の端くれとして、想うことをつづる予定。しばらくは工事中。

一号社員齋藤の門出に向けて。もしくは最初の社員を雇う時に起きたこと。

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はじめに

先週の3月15日に、いくつかの節目がありました。それについて記しておこうかと。 同日に短時間正社員だったメンバーががフルタイムになったり、契約社員だったメンバーが正社員になったりしています。何より大きいのは一号社員齋藤のサークルアラウンド卒業でした。

少し彼と私のことを残しておこうと思います。

出会い

実は入社かなり前から彼とは面識があり、もともと私の教え子でした。弊社の第3期は一人株式会社で、私はプログラミングの非常勤講師として外部の学校で教えていた時期があります。

ある日学校主催で海近くの施設でイベントがあると誘いを受けて参加したところ、そのイベントの中で出会ったのが齋藤でした。ちょっと色々とあって砂浜へ行くことになったのですが、私と齋藤が海岸のレジャーシートで荷物番をしながら酒を飲む、という構図になっていました。真夏の海辺で周囲はチャラい色黒のイケメンやギャルがいる中、青っ白い我々が飲みながら話している、という変わった状況です。

当時彼は就活を控えて今後の人生に悩んでいて、そんな話を聞かせてくれました。私としてはいくつか話をしたような気がしますが特に強く伝えていたのが「若い頃は全力投球したいと思えることにできるだけ取り組み、少し歳を重ねてから効率よく生きることを考えたら良いのではないか」という話です。全力投球の回数が成長に繋がると考えているので、若いうちからあまり「うまい生き方」を意識してしまうのは成長を止めてしまうのではないかという論旨でした。

その時はなにか判断のきっかけになるものが生まれればいいなという感じでおわりました。

JavaScriptゼミ

当時の私はJavaScriptにご執心だったため、学校の方でもJavaScriptの専門家として色々と教えていました。ゼミという企画を始めることになり、「佐藤ゼミを持って良い」という話が持ち上がりました。受ける人は学校側で選んでくださるということで、4人ほどの受講生がおり、その中の一人に齋藤も混じっていました。ちなみにこの時の受講生は優秀な2人と、まだまだこれからの2人くらいの構成で、齋藤はまだまだこれから組と私の中でイメージされていました*1

半年の期間で毎月私の講義があり、その間はSlackとgitでオンラインフォローをしていくという形式で進めました。講義の際には「プロとしてプログラミングをする私たちの心理」が理解できるような切羽詰まった課題を出したり、JavaScriptの特徴的な機能を講義形式で伝えて、それに即した課題を解いてもらうなど、かなり実践的かつ「手を動かす」ことを中心の私好みの形で運営したのを覚えています。

この年の最後に、非公式で私たちの卒業制作発表会を行いました。また、私の用意したいくつかの尺度からアンケートを行って「年間MVP」を決めたのですが、齋藤はそのMVPを獲得したのです。単純に能力が高いかということでは無くて、どれくらいの努力をして、結果成長が見えたかなどの切り口も用意していた事もありますが、少なくとも自分で簡単なシステムを作成することができるレベルまで到達できたことは大きな前進だったと思います。

のちに齋藤とこの時の話をした時には 「PHPを勉強してみてあまりプログラミングはできないなと思っていて、JavaScriptゼミで無理だったらプログラミングは諦めようと思っていた」 と語っています。確かに当初コードに関する勘はまだまだ無く、調べながら必死についてきている感じでした。

その晩の打ち上げ飲み会で私が 「ここのメンバーだったら困ったら相談くれればうちで面倒見てもいい」 的なことを口走ったらしいですが、当の私はスコーンと忘れていたんです。ダメな大人です。

入社のご提案

ゼミが終わってから数ヶ月して(ちょっとこのへん私の時間感覚が曖昧です)。「相談したいことがあるから時間欲しい」と呼び出されたので、新宿の居酒屋で飯を食べることになりました。当初「多分就活の相談で、紹介できる会社とか用意しておけばいいかな?」などと考えていたのですが、ちょっと話の流れが違う様子でまさかの「サークルアラウンド社に入社したい」という話でした。

正直私は面食らいました。とにかくその日は落ち着いて色々と情報を交換しようということにして「一人株式会社である弊社の現状」をとりあえず洗いざらい伝えてみて、そのリスクの高さを理解してもらおうと試みたんです。きっとビビって諦めるだろうと。 フリーランスをやったことある方ならわかると思いますが「一人を面倒見るのが精一杯で、とても他人の面倒など見れない」というのが大抵の一人事業主の実態だと思うんですね。

とりあえず「現状共有したから考えてもらって、二週間くらいしたらまた対面しよう」とその日はお開きにしたのです。ただ、その後のメッセージのやりとりが完全に「入社したら」が暗に枕にある内容ばかりで「あ、ヤバイこいつ本気だ」とまさかの私が追い詰められる展開。

従業員が初めて入社するということ

ここまで本気だと二週間待つまでもなく彼の意志は変わらないでしょう。私も受け入れを真剣に検討すべきです*2。まず弊社の当時の状態で、ある程度彼を受け入れるポジティブなポイントはありました。

  • 直前で私がとにかく受託開発しまくっていて、ある程度のキャッシュの余裕があったこと。一年程度は彼が一円も稼がなくても会社は潰れないと計算できたこと。
  • 受託開発の仕事は継続していたので、仕事がなくて困ることは暫くなさそうなこと。
  • 先のゼミの彼の成長ぶりを考えると、最短半年もあれば彼にある程度お金を稼げるようにしてやれると推察できたこと。

上記を組み合わせると 「最長一年間我慢できれば一人有能なメンバーが手に入るかもしれない。そうすれば会社は潰れない。」 という解に至りました。会社的には受け入れ可能という事ですね。

この準備を持って、2度目の会話は入社意思を確認して受け入れが約束された形です。

次にやったのは「会社に社員を入社させる際に必要なことを調べる」です。それまでの弊社は取締役がいたことはありましたが、従業員という存在がいたことはなかったのです。そして会社に社員を入れるには下記のようなことがポイントになる様子でした。

  • 事務所を持っている
  • 年金事務所に登録する(この為に事務所が必須)
  • あと入社前後で色々役所に登録しなきゃいけない(もう忘れました)

当時私はバーチャルオフィスで登記していたので、ちゃんとした事務所はありません。年金事務所に電話すると「どうしてもシッカリした事務所がなければ年金の登録は不可能」の一点張り。当時自宅が事務所にできない事情があった私としては、なにがしかの形で事務所が必要になりそうです。

この後色々とあって、最終的に高田馬場にある CASE Shinjukuさん のシェアオフィスに入ることを決めました。

2015年4月 入社以後

彼と私がCASE Shinjukuさんのシェアオフィスで一緒に活動を始めたのがここからです。 日中はシェアオフィスでもコワーキングスペースでも自由に使えるという事で、私たちはその日の気分で居場所を変えていました。とりあえず「先生」と私のことを呼んでしまうのを直してもらったり、Rubyを勉強してRailsチュートリアルなどやってもらったりしていました。git/GitHubを学んだ時にはそのまま勉強会を開いて成功体験を作ったり、女子の大学生をインターンで連れてきて教える練習をさせたり、私としては「辞めてしまわないように必死(でも必死さは出さない)」のような時間が続いていました。

想定通り半年もすればある程度書けるようになり、私の仕事の裏側で彼がコードを書いている状態も作ることができ、お客さんに半人前としてではありますが、認知してもらえるようになりました。初年度の年末には業務委託の方と一緒にシステムを仕上げて引き渡すところまではいけて、計画通りに成長を達成できたことになります。

私としてはそういう流れを後押ししつつ自分でもコードを書きつつ、会社の次のステップを探っていたりしました。結論として「資金調達がある程度必要」と考えました。たとえ売上が暫く立たない時期が来ようとも、彼が路頭に迷わない形を作りたかった為です。私個人はどんな状態でも生きていける自信がありますが、齋藤がそこに達していないのは間違いなく、会社が無くなる事態は避けたいというのが当時の心理です。

幸い CASE Shinjuku さんは事業を後押しすることを積極的にやられているシェアオフィスなので、資金調達に関する軽い相談も受けてくださいました。右も左もわからない私としてはこちらで支えていただいて初期のステークホルダーとの関係の持ち方など多数学ばせていただきました。この結果、金融機関からの資金調達、創業助成金の獲得など、会社の安定のためのキャッシュの獲得を行えたのは大きな幸運でした。

とは言えこの頃私は多くの時間をこれらに費やしたのでヘトヘトでソファに転がっていることも多く「佐藤さん死んじゃうよ?w」と心配されたりもしています。まぁ、必死でしたからね。

2年目以降

だいたい良い感じになったので、Dockerを学んでもらったり、お客さん先に露出していって最終的に私と立場をスイッチしたりとよく活躍してくれました。特に丁寧に真面目に取り組む姿勢から客先の評価がすこぶる高く、今回の退職を期に引き上げになる際には大変惜しんでいただけたそうで、コードを書く腕前もマインドも高い評価をいただけていたと思います。

弊社のトレーニングのトレーナーとしても自身が苦労してプログラミングを学んだこともあってか、初学者の方に寄り添う姿勢が素晴らしく、私よりも低くかがんで目線を合わせられるという「確固たる自分の居場所」を確立していました。彼の丁寧なサポートでコードを書けるようになっていった方が何人もいます。

私から学び取れるものはとことん取っていこうとしていたので、設計に関する勘所や、サーバーサイドのシステムの扱いはかなり継承されたなと思っています。

そして今

懇意にされている方が新規事業を興されるということで、最初に現場を牽引するエンジニアとして声かけをされたと相談を受けました。当初は弊社から業務委託でやれないかも探ってくれてはいた様子ですが、新規事業は片手間でやるようなものではないと私も合点しており、最終的に弊社を出て行く決断となりました。先に副業で次の現場で活動を始めていて、既に2人ほどのメンバーの面倒を見ながら進めているようです*3

私としてはもちろん痛手ではありますが、弊社のメンバーが成長し現場を牽引する立場に至ったことは大きな価値を生めたのだと自分を納得させています。将来リードエンジニアからCTOのような立場になってくれるだろうとも思っています。冒頭にも書いているように、最初から物凄くセンスがあるタイプではなかった彼が、努力の継続によってここまで至ったことは私にとっても誇れる存在です。弊社の文化を最も身につけた存在が、外で新たに文化を広めてくれると思っています。

下記のサービスを今後は盛り立てていくということでした。遠くから応援したいです。

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齋藤への大きな感謝とともにこのエントリを締めくくります。ありがとうございました。

*1:この優秀側にも思い入れのある人物がいたりしますが、それはまた別で語れればと思います

*2:酔った勢いとは言え約束したはずなので、覆すのはなるべくしたくはありませんでした

*3:実力もっとアップさせるのに弊社トレーニングで協力できないか?のような話も出ていたりいます