はじめに
最近週一くらいで更新しているのですが、今週も色々とキャッチーな話題はあったかもしれないけれど*1、このエントリーへの言及は今しかできない気がするのでしたいなと思ってキーを叩きます。
私は著者とは2000年代のデブサミでのご縁で一回飲み会で同席したことがあるくらいです。なので特別濃厚な何かがあったりするわけではありません*2。あの頃鼻息荒かった私が42才オッサンになるのだから、当時Miracle Linuxにいらっしゃった吉岡さんが定年退職もなさいますよね。時間が経ったのだなと思います。拝読していたらMiracle Linuxにいらっしゃった時期が今の私と同じくらいの年齢だったので、あの頃とこれからに思いを巡らせるなどしてしまいました。
私の心に残ったことを何点か触れさせてください
「私たちには既にわからなくなってしまった過去のこと」を記してもらえること自体に価値を感じました。DECでの開発手法を拝読して、クールな開発手法は時代が変わってもそれ程変わらないのではないかと感じます。「デイリービルド」など、名前は聞いたことあったけれど...というものがCIとなって当たり前になっているのも再発見した気持ちでした。
ちょうど私が現場に出た頃はPCがシステム開発の当たり前になった頃で、いわゆる「オープン化」の流れのようなものがありました。 この言葉は私の実感としては薄い言葉で、少し年かさの先輩が話してくれたような内容から「へーそうなんだ」という形で記憶しています。どうやらその頃に、開発のスタンダードというものがゴソッと代わり、PCが現場に入ること前提で色々と作るようになったらしいです。
私も少し後に出てきたJavaのことを「おもちゃ言語だな」などと言っていたら、あれよあれよと言う間に業務システム開発のスタンダードになったのですから、おもちゃは侮れないなと振り返って思います。かく言う私も一時期はJavaのフレームワークを作る仕事を何本かやらせてもらえて、現場は徹夜上等のとんでもない働き方だったとは思いますが、それなりに魅力的な内容に携われる時代でもあったのでしょう。
当時は30過ぎてプログラムを書いているのなんか頭がおかしいと言う風潮が日本にはあった、
30までの若い人材は激務で使い倒されて、それを乗り越えられるようなコード書きにはマネージメントをさせるという流れが当時は特に強かったと思います。この言葉からもそれが伺えます。
Netscapeのことは本当に驚きました。元記事で明言されていませんでしたが、この話はFirefoxが誕生する前身の話なんですよね。MosaicというWEBブラウザがあり、Netscapeが生まれ、後発のIEとの競争の末、オープンソースにするという決断をする。下記の記事が詳しいかもしれません。
「オープンソースという魔法の粉を振りかければすべてがうまくいくわけではない」
という言葉の通り、衰退していくことになったのは残念でなりません。でもその後もFirefoxとして今も私たちが利用するブラウザとして残っているのは、OSS化の功績であるようにも感じました。
システム開発の仕方が安定していない時代
少し脱線します。今多くの人たちはPC向けのシステム開発は基本的にはブラウザ上で動くものを作るのだと思っているかもしれませんが、以前は専用のクライアントソフトを開発する*3いわゆる「クラ・サバ」があったり、WEBブラウザ上のJSがAjaxやプロトタイプ志向オブジェクト指向で再発見される前で非力であるというような背景がありました。
その為「今後のシステム開発はどのように進めていくべきなのか」というところが大きな話題だったりしたんです。「配布の容易さ」という面で有利なWEBであるけれども、「操作の快適さ」という面ではクライアントソフトには叶わないという、今のスマホアプリの開発と同じようなことを「PC上の開発をどうするか」というテーマで行なっていました。
その中で両者のいいとこ取りをしようという リッチクライアント/RIA
というポジションが現れます。典型的な仕組みの一つとしてはブラウザにプラグインを入れて、そのプラグイン経由で当時のWEBよりもリッチなUIを提供するというような考え方です。
私はそういう中で、リッチクライアントを推進している会社に関わっていて、自分自身も理想の作り方を有志のメンバーと模索していました*4。
そして2009年〜今
デブサミのコミュニティ枠*5でLTさせてもらったのが2009年だったようです。多分ほぼ初LTでこの大舞台だった気がします。
発表者が事前に集まって顔合わせした時に吉岡さんとお目にかかったのでした。昔過ぎて記憶がおぼろげですが、楽しそうに話すナイスミドルだったという印象は強く残っています。その後はイベントに参加した時などお話しされているのを一方的に見かけているだけになってしまいました(ビビリィなんで自分から話しかけるの苦手でごめんなさい)。
そうして10年近くの時がたっている中でも、ずっとコード書きとして生きていきたいなと改めて思った矢先に、冒頭のエントリを拝見して胸が熱くなってしまいました。私も35歳定年説などなんぼのもんじゃと思ってやっています。そのあたりは下記エントリへ。
おしまいに
ずっと現場でIT技術を扱い、定年などものともせずに一生成長を続けられるような素晴らしいロールモデルだと感じました。私も後進を育てながらそんな風に生きていきたいです。そして区切りまでには胸が熱くなるような何かを発信できたらなと願っています。
遠くからですがご活躍を応援しています!